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大阪地方裁判所 昭和61年(わ)1995号 判決 1988年4月19日

主文

被告人を懲役一〇月に処する。

この裁判が確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用のうち、証人G、同H、同I、同J、同K、同L、同M、同N、同O及び同Pに支給した分は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、当時釜ケ崎日雇労働組合(以下、「釜日労」という。)の組合員であつたものであるが、昭和六一年五月一一日の大阪府堺市の大仙公園で天皇臨席の下に開催された第三七回全国植樹祭に関し、これに抗議、反対する「異議あり!五・一一植樹祭関西実行委員会」(代表者桑原重夫)主催の集会及びこれに引き続いて行われる集団示威行動に参加するため、同日朝、他の釜日労組合員ら数十名とともに、当日の集会場所の一つである同市大浜北町四丁二番の堺市大浜公園に赴いたところ、同公園東出入口付近において右集会や集団示威行動に対する警備等の任務に従事していた大阪府警察管区機動隊第一三中隊第三小隊員約二〇名が、被告人らの集団に対して主に所持品を内容とする検問を実施すべく、同出入口に横に並んでいわゆる阻止線を張つたため、被告人らの集団は同公園内の会場に至ることができず、同機動隊員らと押し合いになり、被告人は、同所北側の土手に上がつた上、そこから会場に行こうとしたものの、これも機動隊員に阻止されて土手下に下ろされたことから、憤慨し、同日午前八時四六分ころ、右土手上にいた同機動隊員巡査G(当時二三歳)に対し、他の機動隊員から奪つた長さ約一二七センチメートルの木製警杖を両手で突き出すようにして投げ上げてその先端部分を同巡査の右顔面に当てる暴行を加え、よつて、同巡査に対し、通院加療約一四日間を要する右上眼瞼裂創等の傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)<省略>

(争点に対する判断)

弁護人は、本件公訴事実につき、(1) 被告人がG巡査に警杖を投げつけてこれをその顔面に命中させた事実はない、(2) 本件検問は違法であつて、公務の適法性を欠き、公務執行妨害罪の成立する余地はない旨主張するので、以下、検討することとする。

一判示暴行(傷害)の認定について

この点に関する被告人の弁解及び弁護人の主張は、要するに、被告人が警杖を判示の土手上に投げ捨てたことはあるものの、これは機動隊に対して抗議あるいは嫌がらせをする意図の下に同隊員にこれを取りに行かせようとしたものにすぎず、その方向に機動隊員はいなかつたのであるから、被害者の顔面に警杖を命中させるようなことはあり得ないというものであるが、まず、前掲証拠によると、右土手の下にいた被告人が、土手の上にいたH巡査の警杖を奪つた後、これを土手の上に向かつて両手で突き出すようにして投げたこと自体は優に認められるところである(なお、被告人は、警杖を手にした経緯につき、故意に警杖を奪い取つたのではなく、土手の上にいた機動隊員に対し土手から下りろと言いながら手を横に振つたところ、たまたま同隊員の持つていた警杖が手に当たつたため、これを持つに至つたにすぎない旨供述するが、そのようなことで機動隊員の所持する警杖を簡単に手に入れることができたということ自体不自然である上、証人H及び同Iの各証言内容に照らしても、被告人の右供述は措信しえず、結局、右各証言等によると、被告人において、故意に機動隊員から右警杖を奪い取つたものと認めるのが相当である。)。そして、右警杖の先端部分が顔面(右眼付近)に命中して判示傷害を負つたとするG巡査の証言及び同巡査の右斜後方の位置で被告人の投げた警杖が同巡査の顔面に命中するのを目撃したとするI巡査の証言は、判示認定に沿うものであり、その信用性が問題となるところ、Gの巡査の証言のうち、同巡査が被告人の判示暴行により右眼付近に痛みを感じて同箇所の負傷に気付いた状況、その際同巡査が被告人の容ぼうや着衣を目撃した状況及び被告人を現行犯逮捕するまでの状況に関する部分については、その内容に格別不自然、不合理な点はなく、前後一貫して明確に述べられている上、被害直後に同巡査から被害の状況及び犯人の特定等について報告を受けたとする同巡査の上司J、同K両巡査部長の各供述内容と大筋において一致していること、G、I両巡査の各証言の内容は、相互に慨ね符合して矛盾がないほか、前掲証拠によつて認められる、G巡査が当時着用していた眼鏡の右側レンズの破損状況及び同レンズ片が落ちていた位置、同巡査の軍手やハンカチの血痕付着状態並びに同巡査の負傷内容とも一致し、これらの客観的事実によつて裏付けられていると考えられること等の諸点に徴すると、右両巡査の証言の信用性は高いということができる。

なお、弁護人は、右両巡査の証言の信用性に関し、(1) G巡査は、本件被害を受けたとしながら、直ちに被告人を検挙しようとしていないこと、(2) G巡査が被害直後に大声で発したとする「あの男。」などの言葉を傍にいた者が誰も聞いていないこと、(3) I巡査は、警杖がG巡査の顔面に命中したのを見たとしながら、被告人の検挙や重要な証拠物件である右警杖等の確保をしていない上、同巡査の負傷の有無等を確認する行動にも出ておらず、更に、目撃した内容を上司に報告しようともしなかつたこと、(4) G巡査が証言するように、警杖の先端部分が右眼付近に当たつて眼鏡のレンズを突き破つたとするなら、同巡査の右眼付近に打撲傷が生じていなければならないのに、同巡査に対する診断書やカルテにはその旨の記載がないこと等の点を指摘して、その各信用性を論難するが、前掲証拠によると、G巡査が被害を受けた際、被告人がいた土手下では、阻止線を張つていた機動隊員と釜日労組合員多数が押し合い、釜日労組合員らが怒号して騒然となり、相当混乱した状況になつていたと認められ、同巡査が土手下に下りて被告人を検挙しなかつたことや同巡査の発した言葉を周囲の者が聞き取れなかつたことを不自然ということはできないこと、I巡査の証言によると、同巡査は、G巡査の右斜後方に位置していたため、負傷の事実までは認識できなかつた上、G巡査が痛そうにはしていないと判断し、また、折から上司に土手から下りるよう命令されて直ちに土手下(阻止線の後方)に下りたというのであつて、前記の現場の状況をも併せ考えると、I巡査が被告人の検挙や証拠の確保等の行動に出なかつたことも不自然とはいえないこと、Nの司法警察員に対する供述調書によると、事件発生の四日後、G巡査の右眼周辺に打撲による皮下出血が見られたことが認められ、また、右Nの証言によると、皮下出血については、さして問題にならないとしてカルテへの記載を省略する場合があることが窺われるのであつて、G巡査に対するカルテ等に打撲傷の記載がないことも不合理とはいえないこと等の諸点にかんがみると、弁護人指摘の前記諸点が、G、I両巡査の各証言の信用性に影響を及ぼすことはないというべきである。

以上に対し、本件暴行を否認する被告人の供述は、警杖を手にするに至つた経緯に関する部分につき前述のような不自然さが見られる上、警杖を土手上に投げた理由に関する部分についても、当時の現場の状況から見て、土手上に投げ捨てるというだけであれば機動隊員は容易にこれを回収できるのであつて、機動隊への抗議あるいは嫌がらせのための行動であつたというのは不合理であること等からすると、結局、信用性の肯認されるG、I両巡査の前記各証言に反する部分は信用できないといわざるを得ない。

また、被告人の前記弁解に沿う証人Oの証言及びG巡査が当時被告人を十分特定することができていなかつたとする証人Pの証言についても、G、I両巡査の証言に反する部分は、直ちに措信することができない。

二公務の適法性について(公訴事実中、公務執行妨害罪について無罪とした理由)

1  本件検問の状況及びG巡査の当時の職務執行状況について、前掲証拠の外、証人R及び同Qの当公判廷における各供述を総合すると、次のような事実を認めることができる。

(一) 釜日労組合員らは、「異議あり!五・一一植樹祭関西実行委員会」が昭和六一年五月一一日午前九時三〇分から堺市大浜公園で開催する、第三七回全国植樹祭に反対する集会に参加するため、同日午前八時前ころ、被告人を含む約七〇名が同組合所有の大型バス「勝利号」に乗つて、約二〇名が電車と徒歩でそれぞれ同公園に向かつて大阪市西成区の愛隣総合センターを出発し、その際、右バス内に組合旗約一〇本とプラカード一五本ないし二〇本位を積み込んだが、その状況については、私服の警察官数名が近くからこれを監視、目撃していた。同バス内には他に危険物等を積み込んでおらず、また、右プラカード等には危険な細工などを施していなかつた。

(二) 当日の大浜公園の警備を担当した大阪府警察管区機動隊第一三中隊員約一〇〇名は、同日午前八時一五分ころ、同公園に到着し、同中隊長Eは、同公園東出入口付近において、同中隊第三小隊員のうちの約二〇名と共に、同所付近の監視、警戒に当たり、他の隊員を公園内外の検索に当たらせていたところ、同八時三〇分ころ、西成警察署から、釜日労組合員ら六〇名ないし七〇名位がプラカードや旗ざおを積んだバスに乗り、他に約二〇名が電車と徒歩でそれぞれ同公園に向かつたとの無線連絡があつた。

その後、同八時三五分ころ、右約二〇名の釜日労組合員らの集団が徒歩で同出入口に近づいて来たため、これを停止させて所持品検査を実施すべく、R小隊長が「釜日労が来たので検問を行う。」旨の指示を出し、同小隊第二分隊員約一〇名が同出入口に横一線に並んで阻止隊形を作り、同第三分隊員がその後方で身体捜検を行うため待機した。その時点における右約二〇名の釜日労組合員らの集団については、プラカードも旗ざおも持つておらず、また、外見上、危険物等を所持している疑いも異常な挙動等も認められなかつた。

(三) 右約二〇名の集団は、右機動隊の阻止線によつて会場内への通行を妨げられたので、通行させるよう機動隊員に抗議していたところ、前記のバス「勝利号」が同所に到着したが、同バスもそれ以上進行できず、バスに乗つていた釜日労組合員らは、バスから降り、機動隊員と対峙して怒号し、これと押し合いとなつた。被告人もバスから降りたものの、そのままでは会場に行くことができないので、同所北側の土手を乗り越えて行くこととし、二度にわたり土手に上がつて会場へ向かおうとしたが、いずれも機動隊員に腕をつかまれるなどされて土手下に下ろされた。

(四) その後、G巡査は、他の数名の機動隊員と共に、被告人のように阻止線を避け土手を乗り越えて会場へ行こうとする釜日労組合員を阻止するため、土手上に上がつて土手下の同組合員らの動向等を監視していたところ、被告人から判示の暴行を受けて負傷するに至つた。

(五) 被告人外一名が警察官によつて検挙された後、比較的平穏に検問が実施されたが、結局、釜日労組合員ら各自の所持品からもバスの「勝利号」内からも危険物ないしは危険な細工をしたプラカードや旗ざお等は一切発見されなかつた。

以上の事実が認められる。

なお、阻止線を張つた時期について、前記E中隊長及びR小隊長は、公判廷において、それぞれ、徒歩による釜日労組合員の姿を現認して直ちに阻止隊形を作らせたことはなく、同組合員ら及びこれとほぼ同時に到着したバスから下車した釜日労組合員若干名に対し職務質問等を受けるよう説得したところ、同組合員らがこれに応じず、一丸となり、凝縮した集団となつて公園内に入ろうとしたので、その段階で初めて、急きよ、阻止隊形を作らせたものである旨証言するが、同証言については、その内容自体不自然である上、G、I両巡査をはじめ、他の関係者の供述内容と食い違い、右Rの証言については、同人の捜査段階における供述調書の内容とも矛盾し、これを公判廷で変更したことにつき合理的理由が示されていないのであつて、いずれも措信することができない。

2  ところで、本件検問は、主に所持品検査を目的とするものであるが、所持品検査は、警察官職務執行法二条一項による職務質問に附随してこれを行うことができる場合があり、所持人の承諾を得て、その限度において行うのが原則であるが、捜索に至らない程度の行為は、強制にわたらない限り、所持品検査の必要性、緊急性、これによつて侵害される個人の法益と保護されるべき公共の利益との権衡などを考慮し、具体的状況のもとで相当と認められる限度で許容される場合があると解すべきである(最高裁昭和五三年六月二〇日第三小法廷判決・刑集第三二巻第四号六七〇頁等参照)。

そこで、まず、本件において、所持品検査の必要性、緊急性が存したかどうかを判断するに、そのためには、警察官職務執行法二条一項にいう「異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由」の存否並びにその場合の犯罪の嫌疑の内容(重大性)及び程度を検討すべきこととなるが、この点に関する検察官の主張の要旨は、(1) 本件集会等に先立つ昭和六一年四月二〇日、前記「異議あり!五・一一植樹祭関西実行委員会」と実質的に同一団体であり、釜日労や極左過激集団等をも含む「反天皇制のうねりを!関西連帯会議」が大阪市内で植樹祭反対のデモを行つた際、デモの許可条件に違反する行為やプラカード、旗ざおで警備の警察官に突きかかるという不法事犯が発生していた、(2) 本件当日のデモについても、「鉄棒、石等の危険物及び先をとがらせるなど危険な加工を施した旗ざお等を携帯しない」という許可条件が付されていたところ、本件検問前に、現場の警察官は、釜日労組合員らが旗ざお等を積み込んだバスで出発した旨の無線連絡を受けていた、(3) 当日の集会参加者によるデモのコースと天皇行幸のコースが一部で重なつており、天皇に向けての不法事犯発生が懸念されていた、(4) 本件現場の指揮官Eは、以上の事情を認識していたもので、右バスが到着した後、旗ざお等が右許可条件に適合しているかどうかを確認するため、釜日労組合員らに対し、入園停止の説得を試みたものの、同組合員らの集団はこれに応じないで無理に入園しようとしたので、その態度及び集団の性質等から、バス内部及び同組合員ら各自において危険物を隠し持つている疑いがあり、その後の集会やデモ行進において前記許可条件に違反した道路交通法違反(同法一一九条一項一三号、七七条三項)あるいは凶器使用による暴力事犯を犯すおそれがあると判断して検問を実施することとし、阻止線を張つたというものであるところ、前記認定のように、機動隊員が検問を実施しようとして阻止線を張つたのは、約二〇名の徒歩による釜日労組合員らの集団が現場に近づいて来た時点であつて、検察官主張の右(4)の事情は一部その前提を欠いており、その際、同組合員らは、プラカードも旗ざおも持つておらず、また、外見上危険物等を所持している疑いも異常な挙動等も認められなかつたこと、更に、その後、検問や阻止線に抗議して同組合員らから不穏当な言動がなされたとしても、これをもつて危険物所持の疑い等の不審事由を根拠づけることができないこと、右Eの証言によると、Eは、当時、昭和六一年四月二〇日のデモに際してその参加者が危険な細工を施したプラカードや旗ざお等を携帯したとまでの報告は受けておらず、また、旗ざおを横にして警察官に突きかかつた事例が一件だけあつたとは聞いていたものの(なお、プラカードについては、同人は、そのような事例の発生を聞いていない。)、その主体が釜日労組合員であつたとは聞いていなかつたと認められる上、そのような事例の存在が本件釜日労組合員らがその所持する旗ざを等に危険な細工を施す蓋然性を裏付けるものとはいえないことなどの諸点に徴すると、本件当時、釜日労組合員らが危険物等を隠匿所持して検察官主張の犯罪ないしはその他の何らかの犯罪を犯す蓋然性はなかつたか、あつたとしてもごく低かつたというべきであり、仮に前記Eが主観的に右と異なる判断をしていたとしても、それは合理性を欠くものといわざるを得ず、結局、本件においては、所持品検査の必要性、緊急性は著しく低かつたことに帰する。検察官主張のその余の事情も右結論に影響を及ぼすものとは考えられない。

加えて、本件検問の具体的態様は、阻止線を張つて通行を遮り、集会場に行こうとする釜日労組合員ら全員に対して所持品検査を強行するというものであり、また、阻止線を避けて土手から集会場に行こうとする者に対しても腕をつかむ等して土手下に下ろすなど、有形力の行使としては強制に比しうるものであつたこと等の事情を併せ考慮すると、結局、本件検問ないしG巡査の本件職務行為は、所持品検査の要件を具備しない違法なものであつたというべきである。

よつて、被告人の本件暴行により公務執行妨害罪は成立せず、公訴事実中、この点については無罪といわなければならないが、右は判示傷害の罪と観念的競合の関係にあるとして起訴されたものであるから、主文において特に無罪の言渡しをしない。

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するので、所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役一〇月に処し、情状により刑法二五条一項を適用してこの裁判が確定した日から三年間右刑の執行を猶予することとし、訴訟費用のうち、証人G、同H、同I、同J、同K、同L、同M、同N、同O及び同Pに支給した分は、刑事訴訟法一八一条一項本文によりこれを被告人に負担させることとする。

(量刑の理由)

本件犯行の態様、特に用いられた凶器の形状や攻撃の部位等に徴すると、被告人の本件行為の危険性は高く、また、安易に暴力的手段に訴えた点をも考慮すると、被告人の刑責はこれを軽視できないというべきであるが、他方、被告人が本件検問ないしはこれに従事する機動隊員に対して憤慨するに至つた点については、検問の状況やその必要性に照らし、酌量の余地があること、被害警察官の受傷の程度が比較的軽微なものに止まつたこと、被告人はこれまで道路交通法違反の罪による罰金刑の前科を有するのみであること等の被告人に有利な事情もあり、これら諸般の情状を考慮して主文のとおり量刑するのが相当と判断した。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官青木暢茂 裁判官林正彦 裁判官河田充規)

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